初めまして
エキニシにあります イタリアン シタン です^_^ 是非ワインメインですが!ご利用下さい #新わしら #citan
※令和2年8月1日現在の推計人口
順位 | 投稿日 | 記事タイトル | 投稿者 |
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1 | 2020/08/07 | シュンちゃんの「違和感」 | シュンの中の人 |
2 | 2020/08/06 | 一番思い入れのあるツイート | 一郎の中の人 |
3 | 2020/08/06 | 始まり | シュンの中の人 |
4 | 2020/08/06 | なぜ原爆投下後の市内に一郎さんは入っていったのか?それ... | 一郎の中の人 |
5 | 2020/08/06 | 印象に残ったツイート | シュンの中の人 |
6 | 2020/08/06 | 当初このツイートは『トマトが美味しい』ことを表現するこ... | 一郎の中の人 |
7 | 2020/08/06 | 思い入れツイート | やすこの中の人 |
8 | 2020/08/06 | 今年は何を思うだろうかと | 勝丸恭子 |
9 | 2020/08/23 | 初めまして | イタリアンのごはんやさんcitan |
10 | 2020/08/05 | 2019年から広島の仕事に関わらせていただいている、東... | Masanobu Hino |
らンクインしちゃった皆様、おめでとうございます~!
8月のわしらンキング第9位に登場したのは、エキニシにあるイタリア料理店さんのこちらの投稿。
初めまして
エキニシにあります イタリアン シタン です^_^ 是非ワインメインですが!ご利用下さい #新わしら #citan
わー、初投稿嬉しや!と思って、後日Citanさんに日刊わしらのステッカーを無理やりお渡ししに行ったんよ。その時教えてもらったんじゃが、お店に通っとるわしらユーザーのお二人がわしらをおすすめしてくれちゃったんと。
ユーザーの皆さんの草の根活動に支えられて、日刊わしらは2020年10月で開設4年目に突入します。新型コロナの影響もありなかなかリアルな場での企画が難しい状況なんじゃけど、わしら運営・編集メンバーもますます頑張りますけえ、どうぞよろしくお願いします。ペコリ
「日刊わしら」が初めて8月6日を迎えたのは2018年。ここ3年、毎年8月6日周りでは様々な企画をおこなっとった。それぞれの投稿募集期間に集まった記事の本文をワードクラウド化したものを並べてみるね。
2018年~2020年の3年間は、被爆73年~75年の3年間でもある。2018年、2019年にはなかった「75年」という言葉が今年のワードクラウドに上がっとるんは、この75年という節目に多くの人が感じるところがあったけえじゃろう。被爆後、「75年は草木も生えぬ」と言われとった広島。たくさんの人の努力で今日、美しく蘇った広島。2018年、2019年はそれぞれ平和記念公園やその周辺に編集部が訪れ、その日の模様を取材して投稿しとったんじゃけど、今年は新型コロナウイルスの影響で、そういう企画は実施できんかった。
トップの写真は、日刊わしら編集部で2019年の8月6日を取材した際、カメラマン岸田哲平さんが撮影した灯篭流しのようす。ずいぶん長いこと、広島の人にとっては、夜はこの景色が見られるんが当たり前じゃった。今年は新型コロナウイルス感染拡大を防ぐ観点から、いつものような灯篭流しは行われず、オンラインでの灯篭流し「 灯ろうに込めるメッセージ 」が行われたんよ。そんな、いつもとは違う空気が広島に流れた2020年の8月6日。日刊わしらに寄せられた投稿の中から、まずはこの記事をピックアップするね。
8月5日に想う
明日は8月6日。 広島に生まれ育ったものとして とても大切な日です。 2015年に亡くなった うちのばあちゃん『サヨちゃん』も 被爆者手帳を持っていました。 最後の数年は一緒に暮らしていたのですが、楽しい日常の中で...
この投稿の中で印象深かったんが、
『あたりまえ』な日常が、どれほど脆く壊れやすいものだったか…身をもって知らされた2020年。
だからこそ、明日も明後日もその先も。
特別な『あたりまえ』が続くために…。
大変な日々を超えていきましょう!!
っていう一節。2019年8月のわしらは、2020年の8月がこんな感じの世の中になっていて、式典を訪れる人が限られ、灯篭流しがオンラインになる、なんて誰も想像しとらんかったじゃろうと思う。
…ということは、2020年の、この記事を読んどるあなたが想像もしとらんことが、2021年の8月には起きるかもしれんってことでもある。
それはええことかもしれんし、もしかしたらよくないことかもしれん。
だからこそ、いま当り前に身の回りにある自分たちの大切なもの、そして誰かの大切なものを、失われんように育んでいかんといけんのんじゃと思う。
今年の8月6日企画では、ご親戚の方など、周りにいた被爆者の方から聞いたお話があれば投稿していただきたい、と声かけしたところ、おじいさんやおばあさんから伺ったという、さまざまな体験談を寄せていただくことができたんよ。
そのなかで目立ったのが、亡くなった祖父、亡くなった祖母…というように、お話しくださった方が故人であるという表現。1945年に0歳だったかたでも、今75歳。当時のことを鮮明に記憶して語る方が身近にいなくなるのが当たり前の月日が経っとるんよね。
被爆75年を超えて、一日一日と未来へ進んでいくわしらと広島。どんどんいい未来に向かっていけるとええなと思う一方、被爆された方々のお話を聞く機会が少しずつ失われていくことも確かで。
実は日刊わしらでは、2019年にリニューアルした「広島平和記念資料館」のレポート記事を掲載しとります。
1年前の記事じゃけど、よかったら読んでみてつかあさい。